日々の晩酌を中心に、時々我が家の虎猫兄弟なブログ。
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 過去を振り返る 前編
2008年04月23日 (水) | 編集 |
ここ最近、強烈な毒気を放っているが業界の裏事情などを踏まえて、歯に衣着せずに論じている実に参考になる酒関連のサイト(全面的に共感出来るものではないが、思わずうなずいてしまう話も多々あり)が目にとまり、ついつい読みふけってしまっている。確か以前にも拝見したことを覚えているが、その時は各話題の背景をほとんど知らなかった故、あまり興味を抱かずに流してしまっていた(ワザとかもしれんがレイアウトは混沌としていて無茶苦茶読みにくい)。この後に書く話を踏まえるとどのサイトかピンと来る方もおられるでしょうが、あえて伏せておく。

なんでそんなサイトの話をするかというと、そこで古川修氏(『世界一旨い日本酒』等の著者)に関する話題(ボロクソに叩き切る方向で)があったためだ。どうも古川氏、とある方に書かれた批判(悪口に近い、的を射ているとは思うが)に対して現在、損害賠償の訴訟を起こしているらしい。その是非は司法が判断することであるので言及は避けるが、この方の本職は研究職とグルメライターのどっちなのか、ハッキリしてもらいたいなぁ。

それで、手の平を返すが如く、氏を批判しようということでは決して無い。ただ、自分がまだまだ呑み手として青かった頃に氏の本を読み、どちらかといえば無批判に受け入れてしまっていたなぁ、ということを痛感した。氏の著作にしろ、ブログにしろ、確かに疑問を抱く記述、無味乾燥やもやもやと感じてしまう記述等はあったが、見ないことにしていたということもある。それが、冒頭に挙げたサイトを読んでいて、クリアになってきたなぁということなのである。まぁそれも特に言及する必要は無い。

要するに、氏の主張する常温熟成という話を自分はどう捉えるか、という事に焦点を絞って、一度総括しておきたいと思ったのである。氏の主張する常温熟成は清酒を楽しむ上で非常に参考になったことは間違いない。しかし、氏の主張を教条的に受け入れ、踏襲し続けているということも決して無い。ここで、以前に書いたこの件に関する記事を振り返った上で、現状の自分のスタイルや経験則をまとめておこうと思う。

<以下、過去記事の転載>

生酒常温保管への試み

晩酌ノート 2006年4月25日

 清酒、特に生酒は冷蔵保管しなければ劣化する、開栓してすぐに呑み切ってしまわないといけない、というのは一般的に言われていることと思う。そのことに関して非常にセンセーショナルな提唱を行っている方がいる。それは芝浦工業大学の古川修教授で、その著書『世界一旨い日本酒』(光文社新書 2005年)にて、しっかりとした造りであることを条件として常温熟成することが清酒を美味しく呑む秘密であるとしている。これは生酒であってもあてはまり、むしろ生酒の常温熟成が面白いのだと公言されている。この本は2005年の6月に公刊されたもので、私は早速それを拝読した。流石に全面的に受け入れることに躊躇はあったが共感するところはあった。その時よりすでに十ヶ月、教授の評価する銘柄(秋鹿・奥播磨・悦凱陣・宗玄・本書では記載されていないが自身のHPで挙がっていた旭若松等)はほぼ私の好みの銘柄に被っているし、常温まで行かずとも開栓後の味乗りについては認識しており、生酒でも開栓後2~3週間は平気で置いていたりする。

 これまで常温保管では無くても、晩酌の際に常温で呑むことを考慮して冷蔵庫外に事前に置いたり、あえて晩酌当日に冷蔵庫に戻さずに翌日になってから戻すということを繰り返してきた。主には季節柄気温が下がってからなので極端に温度が上がるわけでは無いが、そこまで温度管理がデリケートなものではないことは確認出来た。生酒が1~2年経って全く劣化を感じさせず、単純に味乗りで美味しく思えるものはこれまで何度も出会った。開栓して2~3日経った方が美味しくなっていることも良くある。これらのことから常温保管の方が酒質に好影響を与えるのではないかという思いが強まってきていたのだ。

そこで、一つ試してみた。最近にしばしば晩酌ノートに登場していた「秋鹿 無濾過中取り」、「秋鹿」は教授が常温熟成に向くと明言されている銘柄の一つであり、検証するには丁度良い。この個体は3月9日に開栓したもので一升瓶でちょうど一合ほど残っていた。実はこれを一週間ほど前から常温で置いていた。条件として温度だけでは無く、一升瓶のままで多くの空気に触れる状態にある(清酒保管について良く言われるのは一升瓶を開栓したら四合瓶に小分けにして保管すること、こうすると空気に触れる部分が少なくて劣化し難いと言われる)。いくら今年の春は寒いといっても日によっては20度は気温が上がっている。そのような状態なら生酒で無くても酒自体ダメになる、というのが大方の意見だと思えるが、これが劣化ということは無く、単純に熟成が進んで風味が強くなったというところなのだ。今回の場合はこれを燗にしたところ、酸味が強く酒単体ではややクセを感じるものの食事と共には不思議に口に残る味を洗って綺麗に消える感じがする。とりわけ温度が下がり、燗冷ましの状態の方が呑みにくい部分が消えて良く思える。教授は燗冷ましも美味しい呑み方の一つと主張されているが、その真意がそこにあるようにも思えた。今回の結果として、条件的にやや過熟になってしまったかもしれないが、常温保管は全くタブーということは無いといえる。冷蔵と常温の組合せを含めてうまく常温保管を行えば味乗りを進めて好ましいのではないかとも思える。

晩酌の主菜は湯豆腐、切り干し大根の焚き物等、「秋鹿」は一合ほどだったのでそれでは物足りないので下村酒造場の「奥播磨 無濾過生原酒 15BY」も一合を燗にて呑む。実はこれも4月21日に開栓して二合ほど消費して以来丸四日ほど常温で置いているのだが、全く劣化等の問題は無い。むしろ良い具合に味乗りしていてとても美味しい。少なくとも神経質に冷蔵保存を行わずとも良いのでないかと思える。とはいえ私も全て常温に切り替えるまでの確信を抱いた訳ではなく、特に夏場の常温保管にはまだ疑問を感じてしまう。それに、ではあの好ましくない老ね香はどうなると発生するのか?という疑問も感じてしまう、やはり教授が言うように造りの良さに依存するのだろうか。。。まぁ教授が推奨する銘柄を中心にいくつか常温に置いて試しているというところだ。

<以上、転載終了>

まぁ、何というか、古川氏を相当よいしょしているという点を除けば、この記事にあえて追記する必要は無いような気も(汗)。その点に関しては、今に比べれば当時は年長者で自分よりもたくさんの清酒の飲酒歴を持たれている方に対して、これといった疑問を挟まずに盲信しがちだったなぁという反省が喚起されてしまうというところか。

常温熟成に関して、少し経験則で抱いている事を羅列的に挙げておこう。
・何でもかんでも常温熟成が向くとは思えない。しくじったと思えたことも多々あり。
・常温か冷蔵か、どちらかで無ければならないということでは無い。少し常温で晒したりして、変化の様子を見て、どれが良いかの判断をすれば良い。なので、保冷酒庫もガンガン活用している。
・確かに、秋鹿や凱陣など、古川氏の推す銘柄では良い結果になったことは実感としてある。旭若松に至っては常温保管を常としている。

結果的に自分が美味しく呑めるような扱いをしてあげるのが呑み手としての責務ではないかと。その一手段として常温保管の選択肢もあるということだろう。要は嗜好品である以上、呑み手が楽しむ、ということに適えばなんら子細無し。古川氏の主張に関しては、多くの飲食店や一部の呑み手が、教条主義的に清酒を冷蔵保管し、キンキンの冷やで呑むことに偏重してしまっている現状に対するアンチテーゼの一つとして、その意義があったのかと感じている次第だ。

ひとまず常温保管や古川氏に関する話題についてはこれで終了。「過去を振り返る」のテーマではまだ続きます。
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