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 亀齢 辛口純米八拾 生酒
2008年05月24日 (土) | 編集 |
2008年5月23日

ちょっと話題にするのは出遅れている感があるが、平成19年度の全国新酒鑑評会の入賞酒が発表された様子、やっぱり入賞に大阪は少ない、そもそも酒造家が少ないという事情もあるのだが。大阪では注目度が高まっており、個人的にも注目している(その割には昨年に四合瓶を呑んで以来ご無沙汰しているのは誰?)「天野酒」が金賞をとったのは他人事なれど喜ばしい。

個人的に好みな酒造家は軒並み名前が確認出来ないのは淋しいところなれど、新酒鑑評会は特定の技術・条件にて競うものなので、必ずしも万人の好みに適うものとは言えないのは間違い無い。むしろ、同一の条件や評点にて比較し、統一的に評価しなければどれが優れているかを選定するのは難しいことだろうと思える。様々な業態における公募のコンペやコンテスト、あるいは競技レースも似たようなものだ。

まぁ私は世間一般でしばしば流布されている新酒鑑評会への批判を展開しようというつもりは毛頭無いが、最近マイブームな文献、坂口謹一郎『日本の酒』(岩波文庫、2007年、初版は1964年の岩波新書)における品評会に関する項(新酒鑑評会のかつての呼称は清酒品評会)を引用しておきたい。このことは巻末の小泉武夫氏による解題でも、すでにこの著書を著した時点で現代に通じる警鐘であるとして触れられているが、「酒に限らず、一般に嗜好品や食品の良否の判定ほどむつかしいものはない。それは、ものさしなどで簡単に計ることのできない、官能的な要素が主要な部分を占めてくるからである。その上、審査という以上は、何をおいても先ず広い大衆の嗜好によってバックアップされなければならないが、少数の審査員ではこれはなかなかむつかしい仕事である」「酒を完全に審査することは、実際は神様ででもなければ不可能なことである」(53ページ)とまぁ、そもそもの入賞・金賞の選定の難しさ・不確実性を指摘しており、一方で「大衆の嗜好」という点に触れていることは注視されたい(詳しくは同書を参照されたい)。この言だけを見るといささか苦言めいているが、この後に語られる初期の品評会のエピソードが実に興味深い。「品評会のはじめの頃は、酒は実際には「おかん」をして飲むものだからというので、最後の決審に残されたもののみは、お燗をつけてくらべることをやったようであるが、この良法(?)も第五回以後はやめられてしまった」(54ページ、(?)は原文ママ)この当初の通りに最後は燗映えにて判断されるとすれば、昨今の新酒鑑評会の意義・評価はがらりと変わっていたのではないか、とも想像してしまう。

イメージ 1

話は現在に戻し、現在、我が家にストックしている清酒の酒造家で入賞しているものは一つだけだった(正確には静岡の「開運」のカップ酒もあるが、これは寝かし前提なのでノーカウント)。それは広島の亀齢酒造であり、金賞まではいっていないが入賞を果たしている。ただし、手元にあるのは新酒鑑評会への出品酒とはまったくの逆ベクトルであろう、低精白の一本「亀齢 辛口純米八拾 生酒」である。精米歩合80%とはいえ、純米生原酒で2,000円を切る低価格である。昨年ぐらいからリリースされた様に記憶しているが、当初から気になりつつ、ようやく今年のものを最近になって購入に至っていた。現在の亀齢酒造の杜氏である西垣昌弘氏は以前に香川の丸尾本店(悦凱陣)の杜氏を務められていたとのことで、以前より興味を抱いていた蔵なれど、今回にようやく頂くことに相成る。

感想はありがちなものであるが、意識しなければ低精白であることはあまり感じさせない。甘いメロン様の香りを感じさせつつ、旨味たっぷりである。突き詰めれば、雑味はあるのだが、後口は重くなく、杯を重ねても違和感は無いのである。
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