日々の晩酌を中心に、時々我が家の虎猫兄弟なブログ。
 スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


 『鬼談百景』、小野不由美の実話怪談系
2015年05月25日 (月) | 編集 |
2015年5月24日

職業柄、専門書に関しては蔵書が多いのは置いておいて、文芸書になるとそれなり程度であるので偉そうには言えないのだが、その中で作家、小野不由美の作品は結構好んで読んでいる。NHKで放映されたアニメ版は視聴したが『十二国記』や、『ゴーストハント』シリーズまでには手を出せていないとはいえ、『東京異聞』『屍鬼』『黒祠の島』は読了している。

一方で、いわゆる実話怪談系も裏趣味として非常に好物で、『新耳袋』や『超怖い話』シリーズはかなりの所有をしている(ちなみにその中では平山夢明氏の手掛けた作品支持)。基本的に通勤・移動中の合間に読書することが多いので文庫・新書サイズの書籍を基本にしてしまうので見落としていたのだが、小野不由美氏の近作で実話怪談系やホラー作品が相次いで出ているのを知った。特に注目すべきは2013年の新潮社の山本周五郎賞を受賞した『残穢(ざんえ)』であるが、同時期に出版された『鬼談百景』にも惹かれるものがあった。後者は完全に実話怪談系の様式にて、ごく短い伝聞による怪体験の記録が淡々と綴られる。この二冊を知って、躊躇なく同時に購入していたが、amazon.co.jpのレビューで『鬼談百景』→『残穢』の順で読むのを推奨する意見もあって、先に『鬼談百景』を読んでいる状況にある。

件のamazon.co.jpのレビューの多くの意見では、小野不由美作品として否定的な意見が多くみられる。概ねを集約すれば、「小野不由美の小説作品のイメージを期待してハードカバーの書籍を購入したのに、こんな短い怪談話の羅列など誰でも書けそうなもので、無駄な金と時間を費やした」という感情を反映したものであろう。私はまだ1/2程度を読み進んだ程度であるが、その手の批判的な意見は的外れであると明言できる。そもそも実話怪談系の実際をわかっていないのだろうと。

真実かどうかはわからない、フィクションかもしれない不可思議な体験談を、最低限の文章量で、因果も理屈も放り投げて(そもそも判明している科学的知見では説明しようがない現象である場合ばかりだが)もどかしさを残しつつ、恐怖の感情を刺激して想像力かき立てる点に、実話怪談系という文芸作品の美学があると感じている(肯定・否定を議論しても仕方ないのだが、少なくとも言えるのは、オカルト・ホラーというのは古今東西共通のエンターテイメントのジャンルということ)。

amazon.co.jpのレビューのなかには本作品を「洒落怖(2chの「死ぬ程洒落にならない話を集めてみない?」スレ)以下」という罵倒も見受けられたが、それは刺激の強弱でしか作品の良否を判断できない浅はかな意見に過ぎない。同スレを(も?)古くから親しんでいる者から言わせれば、実話怪談系は話のネタは上質でも文章表現が稚拙あるいは冗長で、残念なことになっている場合が多々あり、読み進めている上でストレスは避けられない。その点では『屍鬼』などでホラー系作品の文章表現に実績を有する(少なくとも自分は読んだ折りに無意識の内に感嘆していることが続いた)小野不由美氏の文章で実話怪談系が読めるというのは、ご褒美とすら思えるほどであり、その期待通りと感ずる。

一つ二つの話を読んだところでどうということはない。ひたすら淡々とした伝聞調の記録に過ぎない。それがだ、話数を重ねて読み進めていると、その話単体では何の変哲もないはずの一文節の表現で、不思議ともやもやと不安な気持ちにかられてしまう。このもどかしさが恐怖心や好奇心をほどよく刺激する。一見、冗長な文章が続いているように思っている内にいつの間にかどっぷり引き込まれてしまっている同氏の小説作品に通ずるものがある。要するに、私には単純にとても面白いのである。

スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。