日々の晩酌を中心に、時々我が家の虎猫兄弟なブログ。
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 旭若松 純米無濾過生原酒 雄町・山田錦(18BY)
2007年10月13日 (土) | 編集 |
2007年10月12日

なんだかここ数日慌ただしくて更新やレスが滞って申し訳ない。呑んでないわけでは無いが目新しい話は無いので記事にするまでに至らず、という風に受け取って頂ければ幸い。

流石に金曜日となると晩酌を楽しみたい。本日頂いたのは「旭若松 純米無濾過生原酒 雄町・山田錦(18BY)」、徳島の那賀酒造の清酒といちいち説明する必要もないか。とにかく鮮烈な旨味の広がりを味わいたい時には外せないので家での在庫を欠かさないようにしている。これまた有り難いのは大阪の地に居てこの清酒を量り売りにて購入出来るということだ、これは全くもって奇跡としか言いようがない。那賀酒造自体非常に石高が少なく、取扱店も大阪府下に二件しか知らない。その内の一軒が近所にあるのだ。しかも、ここが基本的に一合単位で清酒を量り売りしてくれる。普段は雄町・日本晴の、出来れば熟成酒を好むところなのだが先日購入しにいったらもはや現状で一番新しい18BYのものしか残っていない。それならばとやや気分を変えて雄町・山田錦の仕込みのものを選択し、四合分を購入していたのだ。ちなみに写真にある「旭若松」の一升瓶は雄町・日本晴バージョンのラベルで雄町・山田錦のラベルとは異なることをご留意頂きたい。一升瓶をきちんとリユースしとるんですわ(^^)v 

イメージ 1

バージョンは異なるとは言え同じ「旭若松」のラベルであるので、一升瓶のリユースをしても特に支障は無い。なによりも使用する容器が一升瓶であることも重視している。完全に好みの問題もあるが食卓に四合瓶があるよりも一升瓶があることの方がその存在感が重厚で好きなのだ。それに一升瓶の方が保管(熟成というべきか)に向いてる気もする。一般的には触れる空気を減らした方が良いということで開栓後は四合瓶に小分けしてキッチリ充填した方がいいという話もあるが、どうも四合瓶で置いておくよりも一升瓶で置いておく方が味乗り具合が良いように感じてしまうこともある。私の好みを考慮しても、一升瓶の機能性(保管容量や再利用性)はもっと見直されてしかるべきだと思っている。

一升瓶そのものから話は逸れるが、ガラスの酒瓶に充填されて販売される以前には「通い徳利」を酒屋に持っていき量り売りにて購入することが一般的であった。その「通い徳利」のサイズもいくつもあり、一升が一般的であったと聞く。それを現代的に置き換えれば消費者側の一升瓶のリユースと酒店側の量り売りのスタイルであろうと考えられる。「省資源が大切」「地球にやさしい」とか小難しいことを考える以前に、下手にリサイクルで一端原料にして瓶を作り直したり単純に廃棄物として埋め立て処分されるよりも一升瓶をそのまま使い回すことの方が単純に資源効率が良く、極めて自然な行為と言える。それゆえにこのような購入スタイルを私自身はとても気に入っている。まぁここまで個人でリユースせずとも、酒造家サイドで一升瓶をリユースすることを維持する仕組み(一升瓶のデポジット制の一般化・普及)が必要だろうと夙に感じている。

やたらと話が逸れてしまったが、ともかく今回の「旭若松」に話を戻す。「旭若松」の風味の個性の一つにほろ苦さがあると思っているのだが、その特徴は雄町・山田錦の場合に一層感じられる。故に現在の那賀酒造の三種類の仕込みの内で個性の強い方とも言えるが余韻の延びが良くて、この辺りは阿波山田錦の原料の上質さが出ているかと思えたりもする。酸味や甘味も出過ぎず控えすぎずできっちり演じているし、バナナ辺りを連想させる果実様の風味も良いアクセントとなっている。そして、生酒であるが燗映えしてくれるので、当然の如く主に燗酒にて頂いたのである。
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