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 ご無沙汰の松露104号
2007年12月15日 (土) | 編集 |
2007年12月15日

私もご多分に漏れず、数年前のブームの頃にはかなり芋焼酎にぞっこんだったものだ。ただし、焼酎だけを盲目的に愛飲したわけでは無く、これがあったからこそ同じ日本の酒として清酒への傾倒を助長したようにも思える。何にしろ、焼酎に熱を上げていた頃は話題になる銘柄をとにかく追いかけていた傾向にあったのは否めない。それは有名銘柄を頂いてみて、末永く愛飲したいと思えなかったためである。それは言い過ぎかもしれない。正確に言えばこれよりもお気に入りになる銘柄があるのではないか、という発想がつきまとい、新たな銘柄に手を出していた。そのような行動にひとまずの終止符を打ったのが本日頂いている「松露104号」との出逢いである。これさえあれば他の焼酎が無くても良い、と思えるものだった。最近は定番焼酎としては「さつま寿」をしばしば頂いているのでちとそこまで言う資格は無いかも知れないが、「鹿児島と言えば尾込商店、宮崎ならば松露酒造」が私にとっての定番として、落ち着くことが出来たのである。

イメージ 1

「松露104号」は元々、品評会用にタンクを選りすぐった際にずば抜けて良い出来だったのが104号タンクだったのでそれを単一で詰めたことがきっかけとのことである。現在は104号に限らずに出来の良いタンクを選択しているそうだが、通称として「104号」で定着しているのだとか、なかなか明確な情報が無いので特に断言できないが。元々が品評会用だったので商品としてラベルを新調・登録する手間を回避したため、写真のような緑の包装紙に包まれ、瓶にはいわゆる裏ラベルと芋選者・杜氏・濾過者の氏名の明記したタグが付いているのみである。このカスタム感も何ともそそられ、とりわけ「松露104号」に拘る所以だったりする。

「さつま寿」が泥臭いながらも自然体な素朴な風味だとすれば、「松露」は風味の各要素がなかなかに際だっているのに不思議と均整がとれているのである。完成度の高さ、と言う点で松露には魅力を感じている。オリが出るぐらいに濾過を控えているにも関わらず、なのである。とりわけお湯割りで頂くと、芳醇な香りが立ち、まろやかな甘味が伴い、くどさが無く見事に切れてくれ、後を引く余韻がある。久々に開栓したが、やはり松露は素晴らしい。大阪天満宮近くの某酒店なんぞは店頭に「森伊蔵は無いが松露がある」という看板を大きく構えている事例があるぐらいだ。「104号」に限らず、レギュラーの「松露」も同様の味筋で素晴らしいのである。私の場合、ホントの話いわゆるプレミアものを追いかけるのが馬鹿らしく感じてしまったのである。

イメージ 2

本日の主菜はトンカツ等の揚げ物。多足系の宇宙生物みたいなものは葱の髭根の唐揚げ、これは一般的に廃棄される部分だが、このように調理するとおつまみとしてすこぶる旨い。後、写真に写っていないが黒豆の甘露煮と「松露」との相性が良かったことを触れておきたい。
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