日々の晩酌を中心に、時々我が家の虎猫兄弟なブログ。
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 久々の三岳(ちょっとしたプレミア銘柄に関する一考)
2013年02月25日 (月) | 編集 |
2013年2月24日

全国的に今季最大の寒波、京都も非常に寒い。遅めの通勤で自転車でせっせと走っている間は身体も暖まり汗ばんでくるが、じっとしてたら寒くてたまらんという感じ。相変わらずキッチリしているわけではないが曜日関係ない日々である。

冬場は燗酒も良いが焼酎の湯割り(あるいは割水燗)も定番かと思う。下宿でのストック焼酎の銘は乏しいこともあって少し燃料投入がてら購入し、本日の晩酌にて開栓したのは屋久島の芋焼酎「三岳」、そこそこプレミア扱いされている銘であるが、懇意にしている酒屋さんの二件で取り扱いがあるので比較的購入しやすい。てか、少し前に近所のスーパーでもほんの一時的ながら普通の値段で売ってたこともあるのでそこそこ市場での流通量も安定してきているように思える。とはいえ、そこそこの規模のスーパーやDSでは現在でも本来の市価水準の二倍以上の価格で大層に販売されている実態もある。

念のために言っておくと、厳密に突き詰めれば、商品には真の意味での定価というのは存在せず、問屋・小売間の仲介や輸送・保管等にかかる経費、取引費用などを考慮すれば、販売されたその時点でしかその商品に投入された資源量に基づく原価は確定しない。それゆえ、生産者が一商品あたりに求める利益が一定であるという仮定の上であっても、同じ商品でも時と場合によっては価格差が生じる。たまに1~2割の価格差でプレミア価格やらぼったくりやらとしてしまうような早とちりが見受けられるが、それには釘を刺させてもらう。それは条件によって適正価格の範囲内である。たとえば、首都圏在住のある消費者が九州地方のある銘の焼酎を買い求めるとして、近所の店Aでは3000円、生産地に近い店Bで2500円と、500円の価格差であったとしよう。ならば生産地に近い店Aの価格が絶対的な正価であり、店Aで買うのがその消費者にとって最適な購買行為になるのか? 取引費用を考慮すれば答えは否である。直接自分が買いに行く場合には店を探索する手間やその店までの往復の交通費と所要時間の浪費が主な取引費用になるし、通販で購入する場合ならば容量・重量的に送料500円は最低水準、さらに輸送時の安全のための専用箱代で数百円かかるのが一般的なので、500円の価格差を下回るには至らない。近所の店Bは生産地から離れている分だけ、その価格には仲介や輸送にかかる費用も含まれているので、取引費用に基づく価格差が存在しているのは当然である。その小売店自身が被る取引費用を推し量った上で、個人で節約出来る取引費用の限界値を下回るかどうかで適正価格を判断すればいいだけである。費用の概念のみで酒の購買行為を語るのはナンセンスだとは思う(取引に際しては好みや相性による特定個人・店舗に対する温度差・贔屓目であったり、酒屋に訪れる楽しみや酒屋巡りの面白さといった効用の側面もある)が、正価あるいは適正価格を考える上では有益だろう。

…こういう方向に話になるとついつい勢いがついて主題が逸れてしまうんだが、要するに言いたいのは、批判すべきは情報の非対称性をいいことにプレミア価格に据え置こうとする供給者と、プレミアであることと高価であることをただただありがたがる需要者である。ヴェブレンのいう顕示的消費だとすれば人間の持つ本能的にはごく自然の行為かもしれんし、市場原理的には需要供給関係が成立しているし当人同士は満足した上での取引なのだからプレミア価格での購入は正当な行為だと言えるのかもしれない。しかし、それは社会としては詐欺まがいの行為に荷担する卑しき行為として批判されるべきであるし、本来あるべき水準を逸脱した価格でしかその商品を購入できないという現象を生み出すことで不利益と不当利益を生じさせる(もしくはそれを是とする)故に公序良俗に反する、と個人的には思う。少なくとも、社会の一構成員としてその行為に共感は抱かないのである。

話逸れまくりだが、三岳そのものの話、白麹・常圧系の日常晩酌向け芋焼酎としては抜群のバランスにある、というのが数年ぶりにじっくり飲んでの改めての感想である。際だった個性のようなものはないが、強いて言えば引っかかりなくほのかな芋の甘い風味を楽しめるという良さがある。クセが弱いと言う点でプレミア扱いになってしまうような注目を集めてしまったのかもしれないが、おおよそ唯一無二というものではない。安くて旨い酒であるのは間違いないんだが、そのCP的な効用の側面を価格に反映させるなど、全く持って本末転倒なのである。

三岳


本日の主菜は鶏モモ肉と野菜類(ジャガイモ、トマト、ピーマン等)をオリーブオイル多めでフライパンで蒸し焼き(イメージ的にはオーブンで焼いた感じ)、シンプルながら好きな調理パターンなのである。それと具がやや多めの味噌汁、昆布と鰹節で一番出汁をとってと、やっぱり一人での下宿自炊にしては度が超してるか。あとついでに写っているのは、十日ほど前に頂いた伊佐美生チョコ、そもそもの正価があるのかどうかはわからんが、さすがにプレミア価格ではなかったでしょう。

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 節分に鰯の梅煮
2013年02月03日 (日) | 編集 |
2013年2月3日

節分である。さすがに而立一人では豆まきなどのイベントは無縁、晩酌としてのその日の夕餉を大切にする故に太巻きを無言で一気に一本食い切らねばならぬなど何の罰ゲームですか?ってところである。清酒業界では「恵方飲み」というのも提起されているが、マーケティングとして効果があるのならば大いにやっていただければと思う。ただ、一人下宿晩酌にてあえてそれに乗ろうという気はないのであしからず。

DSC03618.jpg

本日の晩酌において、唯一節分故の献立は鰯である。真鰯を梅煮にしたものであるが、米酢もきかせて酒肴にも御飯のおかずにも実に良い。焼き魚では臭みが出やすく敬遠しがちの鰯もこの調理法ならハズレなし。磐城壽の本年のしぼりたて生酒と共に頂く。他には椎茸・エシャロット・もやしの炒め物と南瓜メインのラタトゥーユ。



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